小さな物語「川べりの特等席」


水3『人工知能論』で、
「以下の文をどこかに使って物語をつくりなさい」という課題がでました。

川べりに男がふたり。
一人は初老の紳士、もう一人は20代のサラリーマン。
初夏の太陽が川面 に輝いている。
時折サラリーマンの茶髪が風になびいている。

これ以外の制約はほとんどなし。
私はA4・1枚に収まる小さな物語を書きました。
せっかくなので、ここに載せようと思います。

※実はもっと長いバージョンもあるのですが、
それはまだ書ききれていません…(笑)

では。

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「川べりの特等席」


地元の小中学生しか名前を知らないような二級河川。
上手く行かないことがあるとサラリーマンはよくこの川べりにやってくる。
腰をかけるのはいつも決まった場所。
小学生の時からずっと変わらない。

しかし今日は今までと少し違った。
特等席に見知らぬ先客がいたのだ。
後ろ姿から察するに初老だと思われる。
こんなことはこれまで一度もなかった。

「あの…、はじめまして。どうか、されましたか?」

サラリーマンは思わず見知らぬ背中に話しかける。

「ん?ああ、こんにちは、はじめまして。いえ、どうかお気にせず。大丈夫ですので。」

振り返ったのは初老の紳士。
品の良い笑顔を浮かべていた。

「そうですか、突然話かけてしまってすみません。僕も時々このあたりに腰をおろすので、なんだか気になってしまって。」

「ふふ、私はね、今日初めてここに座りました。よくこの川べりを散歩するんですけれど、そういえば昔いつもこの場所に座っている男の子がいたなと思いまして。彼は何を見ていたのかな、と急に気になってしまいました。」

サラリーマンは驚き、そしてまた初老の顔をよく見た。
そういえば昔、母から理不尽に怒られてこの川べりで凹んでいた僕に
声をかけてくれたおじさんがいたことを思い出す。
「元気を出しなさい」とチョコレート菓子をくれた記憶が脳裏に蘇った。

初老の紳士は続ける。

「でね、ここに座ってみて、彼がどうしてここを好んでいたのかようやく分かりました。このあたりは川の中に大きな石が多いから、水の音が…、何というんでしょう、いらない音?気になることを全部消してくれるような気がするんですね。なんだか気に入ってしまいました。」

サラリーマンの心が暖かな気持ちに満たされていく。
あの頃言葉を交わしたのは1度だったが、
実のところ少年はいつも彼に見守られていたのだ。

「あの小さな彼は、この場所に私が座ることを許してくれるでしょうか?」

川べりに男がふたり。
一人は初老の紳士、もう一人は20代のサラリーマン。
初夏の太陽が川面 に輝いている。
時折サラリーマンの茶髪が風になびいている。

「はい、きっと喜ぶと思います。」

サラリーマンの優しい笑みに、初老の紳士は目を細めた。






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